おやぢめし

愉しく暮らしたけりゃ「飯」から学び、「飯」から切り拓け!

親父のおやぢめし~前書き

始まりは3年前だった。

 

ある日突然見知らぬ番号から電話がかかってきたところから始まる。

 

いぶかしげに応対すると恐縮してそうな見知らぬ声がする。

 

声の主は会ったことのないボクのいとこ、実の父親の兄の次男だった。

 

話の内容は父親のことで、最近歳がいったせいか言動がおかしいことが増えたという。

 

言外に一度様子を見に来てくれ・・・みたいな空気を漂わせるも

 

もう長いこと会ってもいないのに、いきなりそんなことを言われてもどないしたらエエのん?っていうのが正直な気持ちだった。

 

だいたい其処は徳之島。行くだけでも気合と金が必要だ。

 

そもそも世の中で全くウマの合わない数少ない人間の一人にわざわざ会いに行くなんて気は起きるはずもない。

 

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両親はボクが中学2年の時に離婚した。

 

父親はとにかく酔うとダメな人で性格が一変した。

 

物を壊すわ母親に暴力を振るうわ、子供のときは怖くて泣くか逃げるかしていたけど、中学に入った頃からだんだん腹が立ってきてやりあう様になる。

 

とは言え母親には暴力を振るうもボクには明らかに手を抜いてかかってくる。またそれが余計に腹立たしく状況はエスカレートしていった。

 

 

離婚後、ボクと妹は母親と一緒に暮らすことになって以降ほぼ会うことは無くなっていた。

 

しかし風の噂で、再婚して沖縄でラーメン屋を営んでいるらしいということを聞いていた。

 

もともと新開地の食堂で調理人として働いていて母親と知り合い結婚した経緯があって、職を何度か替えながらも職種はほぼ一貫していたので彼らしいなという気持ちを持っていたけどそれ以上の感情はもてないままだった。

 

 

ボク自身は1995年の1月に当時惚れた女性と入籍、頃合を見てお披露目だけはしようと計画していた矢先に阪神淡路大震災が起こってしまい何だかタイミングを逃していた状況だった。

 

幸い自宅や家族に大した被害は無かったので、少し落ち着いてきた当年6月に旅行だけでもと沖縄へ行った時にふと父親のことを思い出した。

 

連絡先を知らなかったので、母親に教えてもらい滞在していたホテルから「新婚旅行で沖縄来てるねん。店どこにあるねん。」と電話した。

 

当然のように受話器から怒鳴り声が聞こえる。

 

「何でそんなこともっと前に連絡してこないのか!」って。

 

そりゃ気持ちは分かるが、ボクも思い出したのが数十分前やし仕方がないやろ!と声を荒げずに返せるようになったのは成長の証だ。

 

結局翌日に店へお邪魔することになり、国際通り近くに構えていた店へ行くと暖簾を外してある。

 

わざわざ臨時休業にして待っていてくれた。

 

その2へ続く。